http://kuroyagikankou.blog.shinobi.jp/%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E9%96%A2%E4%BF%82/%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%B3%E5%B0%8F%E8%AA%AC%E3%81%8B%EF%BC%9Fワンシーン小説か?
わかる人にはわかるけど。
分からない人にはさっぱり分からない小ネタ話。
フィーリーが出てきてますが、藍色の影、のフィーリーとは別人ですので要注意。
じゃあなんのフィーリーだよ、と言われてもここで答える気はないので悪しからず。
読みたい人は続きからどうぞ
あの日から、どれぐらいの月日が流れたのか。五年か、一〇年か。体感時間ではもっと長かった気もするが、もしかするとたった一日の出来事かもしれない。
けれど、サングラスと帽子だけを置いて彼女の元を黙って去り待たせてしまったことには違いない。こうやって、戻ってこれたことだけでも奇跡だろう。
慣れ親しんだ道をおぼつかない足取りで歩きながらフィーリーは一人微笑んだ。愛する人は待ってくれているだろうか、少し不安に思うがきっと待ってくれているという確信があった。
彼女はきっと迎えてくれる。笑顔で迎えてくれる。また抱きしめてくれる。そう思うと、残された僅かな体力が少しだけ回復してくれるような気がした。残された時間はもうないけれど、どれだけ一緒にいれるかわからないけれど、けれど彼女の元に帰りたい。
自分を愛してくれた、大事な人だと言ってくれた彼女の元になんとしてでも帰りたかった。戦いは終わった、すべきことはすべて成した。もう時間はないけれど、最後は彼女の顔を見たい。
それだけを考えて、中身のない左腕の袖をぶらぶらと、時折風に揺られながら、小さな石に転びそうになりながらもただ歩く。自分が愛し、自分を愛してくれた彼女の元へとただひたすらに。
そうして辿り着いた先には、あの人はちゃんと待っていてくれた。白い髪を風になびかせながら、胸の前に両手を組んで何かを待ちわびるように遠くを見て立っている。それが嬉しくて、傷つき今にも倒れそうな体に鞭打って歩き続けた。
ここにいますよ、帰ってきましたよ、言葉にして伝えたいけれども限界の近いこの体では声が出ない。ただ、歩いて近寄って、そうして彼女は気付いてくれた。驚きで目を丸くするのも一瞬、すぐにいつのも笑顔に変わる。それが嬉しくて、こちらも微笑む。
「待たせてごめんなさい、今戻りました」
そう言うと、彼女の目尻に光るものが見えた気がしたが泣いてはいけないと思ったのか。目元を擦って涙を拭うと一歩ずつ、確かな足取りでフィーリーを迎えるために歩いてきてくれる。それがなによりも嬉しかった。
待っていてくれた、それだけで報われる気がする。
「お帰り、フィーリー……」
彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべながら、両手を広げフィーリーを迎え入れようとする。その胸の中に飛び込みたかった、けれど足は言うことを聞かない。気だけが急いて、足がもつれて前に倒れ込みそうになる。
すかさず彼女は前に出てくると倒れそうなフィーリーの体を受け止め、そのまま抱きしめた。「おかえりなさい」と呟きながら。
伝わってくる彼女の体温、耳に聞こえる彼女の鼓動、肌に感じる彼女の吐息。何もかもが久しぶりで、戻ってこれたと実感できて思わず涙しそうになる。けれど泣かないと決めたのだ。
命の灯火は既に消えかかっている。せめて最期は笑っていたい、泣いてしまえば愛する人を悲しませてしまいそうだ。それだけはしたくない、出来ることなら、彼女にはいつまでも笑っていて欲しかった。
「今、戻りました……待たせて、ごめんなさい」
「いいの、いいのよ……」
彼女は抱きしめる腕に力を入れる。残された右腕を彼女の背中に回したかった、けれどその体力はもう残されていない。それが残念だった。もう一度、彼女を全身で感じたい。けれど、時間は許してくれない。
でも、それで良いのかもしれなかった。彼女を抱けば未練が残る。未練なく、最期の時を迎えたい。
「へへ……あったかいや。良かった、戻ってこれて……」
「うん……おかえりなさい」
「最期は、ここって決めてたんですよ」
少しだけ、最後の力を振り絞って彼女の顔を見上げる。大事な人はいつもの優しい笑顔を浮かべていた。けれど、今の言葉で全てを察したのだろうか。両目の目尻からは涙の雫が零れている。
「お疲れ様、ずっと頑張ってたんだ」
「はい……」
涙が零れそうになった、だが涙は見せないと決めたのだ。出来るだけ悲しませたくない、いやこれはきっと自分の我侭だ。最期の時に、彼女の笑顔を見たいという自分の我侭。
「少し、寝る?」
優しい言葉に静かに頷いた。彼女も自分がここで終わるのは分かっているはずだ。今ここで目を閉じてしまえば、もう目を開けることは出来ない。彼女の胸の中で自分は終わる。
「はい……少しだけ、寝かせてください。ラーライトさんの、腕の中で寝るの……好きなんですよ。暖かくて、落ち着くんです」
「うん。知ってる、ゆっくりとおやすみなさい……」
そっと、彼女は頭を撫でる。彼女の温もり、彼女の優しさに涙を流しそうになるもその力すら残っていなかった。瞼を開けていることも難しく、静かに目を閉じる。もう開けることは無い。
これから自分は永遠の眠りに就く。けれど、これを終りにはしたくない。
「必ず、戻ってきますから……」
声に出せたかわからない。けれど、そう呟いて。
柔らかな両手に包まれながら、暖かな永久の眠りに。
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