黒山羊エンタティメントグループの業務日誌です。
更衣室で制服に着替えた後、再び部室へと向かった。疲れていたしそのまま帰りたかったが、鞄を置きっぱなしにしていることを思い出したのだ。
そのまま置いて帰ってもいいのだが、明日は教科書を持ってこないと起こられるために鞄を持ち帰らなければならなかった。
日もとっぷりと暮れており、校舎の中に人気は無かった。部室に戻ったところで誰もいないだろうとドアノブに手をかけて回す。鍵は掛かっておらず、無用心なことだなと思いながら入るとアルテミスとベアトリーチェが机に向かい合って座っている。
二人の前には学校から支給される自動式拳銃が置かれていた。まさか決闘でも始める気なのかとミカミが考えた瞬間、二人の手は拳銃に伸びる。
止めなければとミカミが慌てて前に駆け出そうとするが、間に合うはずもなく二人の手は拳銃を掴み銃口を向けた。
ミカミに。
「へ?」
素っ頓狂な声を上げたと同時に、銃声が轟く。頬の両側に熱い感触が。両手で触れてみれば、真っ赤に染まった。
全身が寒くなり、そして腰が抜け尻餅をつく。
女神と女王は立ち上がり、二人とも硝煙を燻らせている拳銃を持ったまま歩み寄ってくる。同じ速度、同じ動きで。それがまた一層の恐怖を煽る。
互いに毛嫌いしていて、絶対に反りが会わない二人が、である。これはただごとではない。
逃げなければいけないのだが、腰はまだ抜けたままで立ち上がりそうに無い。
二人から立ち上るは真っ赤な怒りのオーラである。あまりにも凄すぎて二人の背景が歪んで見えた。
「そんな物騒なものを持ってどうしたんでしょうか……?」
苦笑交じりに言ってはみたが、二人の耳は届いていないようだ。ベアトリーチェがへたり込んでしまっているミカミの胸倉を掴んで無理やり立たせて、壁際に叩き付けた。
突然のことに分けが分からなくなる。ベアトリーチェは唇を弓なりにまげて眼を細めていたが、その額にはしっかりと青筋が浮かんでいた。
アルテミスを見てみれば、普段表情を滅多に変えない彼女の唇がへの字に曲がっていた。これはただごとではない。
「ミカミ君、さっき格納庫で何してたのかしら?」
ベアトリーチェが言った。
「私もそれが気になる。見ていたのだが事情がつかめない、詳しく話してもらおうか」
これはアルテミス。
彼女ら二人の言葉を聴いて、気が遠くなりそうだった。先ほどの格納庫で、ソフィアと抱き合っていたのを見られていたということか。
「いや、それはソフィアが怖がってたから落ち着かせようと思って」
「落ち着かせるなら別に方法があるでしょう?」
ベアトリーチェの銃口がミカミの額に突きつけられた。まだ暖かい。
「珍しいな、貴様と意見が合致することがあるとは夢にもみなかった」
アルテミスの銃口もミカミに向いている。
「なんか勘違いしてない!? ねぇ!? だからさ、まずはこれ下ろしましょう? ね?」
銃を持つベアトリーチェの腕にゆっくりと手を伸ばすが、その前に腹部に痛恨の一撃。みぞおちに入ったらしく、吐き気がこみ上げてくるがなんとか耐えた。
「あのね、なんで抱き合ってたのか聞いてるの?」
ベアトリーチェの声は不自然なほどに優しい。だから怖い。アルテミスはいつもの無表情に戻っていたが、それが余計に怖い。
本当のことを言っても信じてくれない、一体どうすればいいのか誰か助けてくれと願っていると扉が開いた。
「あれ? 鍵開いてないなんて無用心な……」
なんて呑気なことを言いながらソフィアが部屋に入ってくる。三人の視線がいっぺんに集中し、おとなしい性格の彼女はびくりと肩を震わせた後、この場にいる全員の顔を見渡して一言。
「ちょっと! 何でミカミ先輩をいじめてるんですか!?」
「あぁ、ソフィアか……良い所に来たな」
銃口を下ろしたアルテミスがソフィアに一歩近寄った。ミカミからアルテミスの表情は見えなかったが、かなり怖いらしい。ソフィアはぶるぶると肩を震わせていた。だがその眼は気丈にもアルテミスを見据えている。
「一つ聞きたいんだが、さっき格納庫で何してた?」
「ミカミ先輩に、抱いてもらって落ち着かせてもらってました」
「何で?」
ベアトリーチェがソフィアをにらみつけるようにして尋ねる。ソフィアの震えは激しくなっていたがやはり真っ直ぐに女王を見据えていた。
「理由なんて無いです! いいじゃないですか別に! 私だってミカミ先輩に構って欲しいんです! だって、いつもアルテミス先輩やベアトリーチェ先輩がいるから、あぁでもしないと……」
ソフィアの足はかなり震えていた。立っているのもやっとという風である。
そしてこの場の空気は変質していた。あまりの恐ろしさにミカミの中で何かが切れた、きっと自己防衛本能のスイッチが入ったに違いない。意識が落ちた。
◇◇◇
気がつけば薄暗い部屋にいた。天井にある豆電球が仄かに部屋を照らしている。どこか甘い匂いがし、布団に寝かされているようだった。その柔らかさから自分の部屋でないこと、そして保健室にいるわけでもないことがわかった。
「う、ん……」
すぐ隣から誰かの声が聞こえて、首を横に向けた。見慣れたアルテミスの寝顔がそこにあった。安らかな寝顔でスースーと寝息を立てている。
愛しさがこみ上げて、彼女の頬をそっと撫でた。
「ん?」
アルテミスの眼がぱっちりと開かれて視線があった。
「悪い、起こしちまったか」
「いや、気にするな。それよりも寒いんだ」
頷いて彼女の肩に手をかけて抱き寄せる。
「今日は悪かったな、興奮しすぎた」
「いや良いよ。俺も言い方悪かったし」
そっと金色の髪を撫でる。心地良さそうにアルテミスが小さく声を上げた。
カレンダー
最新コメント
最新記事
プロフィール